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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)973号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役十月に処す。

原審の未決定勾留日数中四十日を右本刑に算入する。

押収に係る約束手形一通(証第一号)、印鑑(証第二号)は之を沒収する。

訴訟費用は原審及び当審共全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は検察官大越正蔵名義の控訴趣意書記載の通りであるから右記載を茲に引用する。

原判決は本件公訴事実中被告人が広瀬ちえ子を欺罔し二回に亘り同人の抱芸妓渡辺近子と遊興した代金合計二千五百円の支払を免れ財産上不法の利益を得た点に関し被告人が支払を免れた遊興代金は売淫料である旨認定し、売淫契約は公序良俗に反する無効のものであつて財産上不法の利益を得たとはいい得ないから詐欺罪を構成しない旨判示し、右詐欺の点を無罪とした。然しながら原審認定の契約が売淫を含み公序良俗に反し民法第九十条により無効のものであるとしても民事上契約が無効であるか否かということと刑事上の責任の有無とはその本質を異にするものであり何等関係を有するものでなく、詐欺罪の如く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が処罰されるのは単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく、斯る違法な手段による行為は社会秩序を乱す危険があるからである。そして社会秩序を乱す点においては売淫契約の際行われた欺罔手段でも通常の取引における場合と何等異るところがない。今本件につき検討するに、原判決は本件公訴事実中被告人が右広瀬ちえ子方を訪れ同家の抱芸妓渡辺近子を相手に二回に亘り無銭遊興をした事実を肯認しながら、右は二回共判示メトロホテルで近子と同衾宿泊した(二回共メトロホテルで同衾した旨の原判決は事実誤認で初めの一回は右広瀬方である)近子の花代即ち売淫料である旨認定しているけれども、前説明の如く売淫料も刑法第二百四十六条第二項の詐欺罪の対象となり得るから詐欺罪を構成しない旨判示した原決定は法律の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右無銭遊興が全部売淫であるか否かを判断する迄もなく、この点において原判決は失当であつて破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十条に則り原判決を破棄し、当裁判所は同法第四百条但書に則り更に次の通り自判する。

罪となるべき事実は原判示第一を

被告人は

第一、(イ)昭和三十年七月五日午前零時頃名古屋市中村区名楽町一丁目二十二番地芸妓置屋「ながら」こと広瀬ちゑ子方において同女に対し、真実遊興代金支払の意思がないのにある様に装い遊興方申入れ同女をしてその旨誤信させ、同時刻から同日午前十時頃迄の間同置屋抱芸妓渡辺近子と遊興させ、その間の遊興代金の支払を免れ、以て財産上不法の利益を得、

(ロ)約束手形を偽造し之を行使して遊興代金の支払を免れんことを企て昭和三十年七月五日午後八時頃同区日吉町三〇番地メトロホテルこと犬飼あい方客室において行使の目的を以て約束手形用紙に横に佐藤てい名義を冒書し、その名下に同日印刷屋より買求めた佐藤なる認印を押捺して佐藤てい提出の額面三万五千円、支払期日同年六月二十五日、支払場所東海銀行今池支店、支払地振出地共名古屋市、宛名人平野商店という約束手形一通を偽造し、同日午後九時頃遊興代金支払の意思がないのにある様に装つて、同所から電話を以て右広瀬方に遊興方申入れ同女をしてその旨誤信させ、同時刻から翌六日午前十時頃迄の間右渡辺と遊興させ、同日午前十時頃同区若宮町四丁目二十番地桐山ふじゑ方において右広瀬に対し右偽造の約束手形を真正に成立したものの様に装つて提示し「この約束で金を作つて来て支払う」旨申向けて之を行使して同女を欺罔し、その間の遊興代金千五百円の支払を免れ以て財産上不法の利益を得

たものである。

旨訂正した外第二事実(一)乃至(三)並びに前科の事実は原判決の記載と同じであるから之を引用する。

証拠の標目は渡辺近子の上申書を追加した外、原判決記載と同じであるから之を引用する。

法律に照すに判示所為中第一の詐欺の点は刑法第二百四十六条第二項、第二の詐欺の点は同法第二百四十六条第一項、有価証券偽造の点は同法第百六十二条第一項、同行使の点は同法第百六十三条第一項に該当するところ、第一の(ロ)の有価証券偽造同行使詐欺は順次手段結果の関係にあるから同法第五十四条第一項後段第十条に則り最も重い偽造有価証券偽造行使罪の刑に従つて処断すべきであるが、被告人には前示前科があるから同法第五十九条第五十六条第五十七条に則り夫々累犯の加重を為し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条第十四条を適用し、その刑期範囲内において被告人を懲役十月に処することとし、尚未決勾留日数の算入につき同法第二十一条、沒収につき同法第十九条第一項第一号第二号第二項、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 中浜辰男)

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